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名誉市民・名誉町民(旧気仙沼市・旧唐桑町・旧本吉町)

更新日:2016年8月25日

上坂 酉蔵(こうさか とりぞう)

旧気仙沼市名誉市民、商学博士

1888(明治21)年から1976(昭和51)年まで 現在の気仙沼市魚町生まれ

上坂 酉蔵

日本の貿易と商学の振興に尽力

ヨーロッパ留学後、早稲田大学で日本の貿易と商学についての研究を重ね、昭和10年商学博士の学位を取得。郷土を愛し、その発展にも寄与した功績により、昭和47年、旧気仙沼市の名誉市民第1号に選ばれました。

小野 末吉(おの すえきち)

旧唐桑町名誉町民、医師

1903(明治36)年から1969(昭和44)年まで 福島県会津坂下町生まれ

小野 末吉

旧唐桑町の地域医療に貢献

長年、旧唐桑町の町医として地域医療に携わり、町民から敬愛されました。東京医学専門学校を卒業して郷里で開業していましたが、町医のなり手がない旧唐桑町民の窮状を知り、郷里の医院を閉鎖して唐桑に開業しました。

畠山 孝(はたけやま たかし)

旧唐桑町名誉町民、町長、県議会議長

1916(大正5)年から1998(平成10)年まで 現在の気仙沼市唐桑町鮪立生まれ

畠山 孝

町長・県議会議員として町勢の発展に尽力

早稲田大学を卒業後、家業の漁業経営に従事し、漁業関係の役職を歴任。昭和38年から6年間旧唐桑町長として町勢の発展に尽力しました。その後、昭和47年から5期20年間県議会議員として県政に参画し、昭和60年には第22代議長に就任しました。

池田 菊治郎(いけだ きくじろう)

旧本吉町名誉町民、初代・2代本吉町長

1891(明治24)年から1987(昭和62)年まで 現在の気仙沼市本吉町谷地生まれ

池田 菊治郎

大谷村議会議長・村長を歴任後、初代本吉町長に

大谷村議会議員及び議会議長、大谷村長を歴任し、昭和30年4月、初代本吉町長に就任。財政再建を行うとともに、産業、教育・文化の振興に邁進するなど、町勢発展に貢献し、本吉町の基礎を築きました。

小野寺 久幸(おのでら ひさゆき)

旧本吉町名誉町民、大仏師

1929(昭和4)年から2011(平成23)年まで 現在の気仙沼市本吉町二十一浜生まれ

小野寺 久幸

数多くの国宝の保存修理を手がける「大仏師」

国宝、重要文化財など3,000体を超える仏像の保存修理に携わりました。奈良東大寺南大門・国宝金剛力士立像(仁王像)2体の解体修理の総指揮を執り、平成5年11月に、東大寺から斯界の最高栄誉である「大仏師」の称号を授与されました。

千葉 省一(ちば しょういち)

旧本吉町名誉町民、第3代から6代本吉町長

1900(明治34)年から1988(昭和63)年まで 現在の気仙沼市本吉町津谷舘岡生まれ

千葉 省一

気仙沼線・全線開通の実現で町政に貢献

昭和38年4月、本吉町長に当選以来、4期16年の長きにわたって、人の和を信条として町政にあたり、本吉町長期総合計画の樹立、健全財政の確立、気仙沼線の全線開通の実現などを成し遂げ、町政を軌道にのせました。

千葉 卓朗(ちば たくろう)

旧本吉町名誉町民・第7代から10代本吉町長

1934(昭和9)年から2011(平成23)年まで 現在の気仙沼市本吉町津谷松岡生まれ

千葉 卓朗

「振興会」の組織化など町政の運営に尽力

昭和54年から、4期16年にわたり、町政運営に尽力され、町内全行政区で自治会組織である「振興会」の組織化を進めるなど、町民総参加のまちづくりを進めるとともに、スポーツと健康、教育・文化などの振興を図りました。

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秘書広報課 秘書係
電話番号:0226-22-6600
内線番号:205,206

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