コンテンツにジャンプ

トップページ > 暮らしの情報 > 教育・文化・スポーツ > 文化財 > 県指定文化財-無形民俗文化財

県指定文化財-無形民俗文化財

更新日:2021年8月20日

新城の田植踊(文化財一覧 No.10)

シンジョウノタウエオドリ

  • 読み方 シンジョウノタウエオドリ
  • 指定日 昭和35年4月23日 
  • 所在地 和野・立沢・金成沢
  • 保持団体 新城の田植踊保存会

新城に伝わる「田植踊」は岩手県東磐井や気仙地方に伝わる系統のものとされ、天保年間(1830年から1843年)の大凶作の時、平八幡神社に豊作祈願したのがはじまりと言い伝えられる。昔は小正月に演じられ、今は祭礼のほか旧正月に各戸を廻る。はやし言葉にちなんで「ヤンドヤーハイ」とも呼ばれ親しまれている。弥十郎2人は長烏帽子を被り、陣羽織を着て、金輪の付いた「しゅろすり」という竹杖を鳴らしながら前口上を述べる。5人の踊り手は「ヤッサカ」と称し、豆絞りの鉢巻で格子縞の長着に豆鈴の付いた前まわしをつけ、手太鼓を打ち鳴らしながら跳ね踊り回る。

早稲谷鹿踊(文化財一覧 No.11)

早稲谷鹿踊

  • 読み方 ワセヤシシオドリ
  • 指定日 昭和46年3月2日
  • 所在地 早稲谷
  • 保持団体 早稲谷鹿踊保存会

宮城県内から岩手県南に多い「八つ鹿踊」の一つで、記録には文政10(1827)年、岩手県東磐井郡大原山口(現・一関市大東町大原)の喜左右衛門より月立八瀬の林蔵に伝承されたものという。毎年、旧暦6月24日、地区内にある「甘酒地蔵尊」の祭典に奉納し、災厄や疫病をはらう魔除けの踊りといわれるが、本来は祖先の霊を供養するものである。八頭のうち中立(胴取り)が中央に配して主役を務め、こっけいな化け坊主が先導する。背中に竹を削って結束した4メートルほどのササラを立て、腰太鼓をさげ、唄いながら勇壮に踊り跳ねる。伊達政宗から「仰山なり」と賞讃されたという言い伝えにちなみ「仰山流」と称する。

廿一田植踊(文化財一覧 No.12)

廿一田植踊

  • 読み方 ニジュウイチタウエオドリ
  • 指定日 平成7年8月25日
  • 所在地 落合
  • 保持団体 廿一田植踊保存会

口伝によれば、明治の初め頃、黒川郡方面から伝わったとされるが、岩手県気仙地方から伝えられ、江戸時代から踊られていたとする説もある。新城の田植踊と同じ系統の数少なくなった田植踊で、技芸も優れており、装束や芸態には地域の特色をもつ古風な芸風を受け継いでいる。県内ほとんどの田植踊は正月に踊らなくなったが、廿一田植踊だけが正月の行事として集落を巡っている点はきわめて貴重である。毎年元旦に地区の古峰神社、八雲神社で豊作祈願の舞いを奉納したあと地区の農家を門付けして回っている。

松圃虎舞(文化財一覧 No.13)

松圃虎舞

  • 読み方 マツバタケトラマイ
  • 指定日 平成29年2月21日
  • 所在地 唐桑町松圃
  • 管理者 松圃虎舞保存会

明治後期、岩手県気仙郡末崎村(現・大船渡市末崎町)の熊野神社で舞われていた虎舞を習い伝えたといわれており、唐桑町の御崎神社例祭に航海安全や大漁祈願として奉納される。特に12~15メートルの長い梯子を登る虎の演舞は圧巻で、テンポのよい打ち囃子や娘手踊りが加わり賑やかに催されるのが特筆される。

浪板虎舞(文化財一覧 No.14)

浪板虎舞

  • 読み方 ナミイタトラマイ
  • 指定日 平成29年2月21日
  • 所在地 浪板
  • 管理者 浪板虎舞保存会

「虎は千里往って千里還る」の故事にならい海洋に出漁している家人の無事寄港と大漁祈願を願って踊られる。本来は太神楽の獅子舞が虎に代わったもので、浪板虎舞は、三陸沿岸に多く伝承されている虎舞と同系統で、虎は三人がふんし、打ち囃子に合わせて、あやし手の虎バカシがつき演舞するなど芸態に特色がある。特に15メートルほどある梯子の上で舞う勇壮な曲芸は特筆される。

 

このページに関する問い合わせ先

教育委員会 生涯学習課 文化振興係
電話番号:0226-22-3442
内線番号:123,124

このページに関するアンケート

このページは見つけやすかったですか?
このページの内容は分かりやすかったですか?