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市指定文化財-建造物・彫刻・工芸品・絵画

更新日:2021年8月20日

宝鏡寺楼門(文化財一覧 No.22)

宝鏡寺楼門

  • 読み方 ホウキョウジロウモン
  • 指定日 昭和48年2月8日
  • 所在地 川原崎 (外部サイトにリンクします)
  • 管理者 宝鏡寺
  • 分類 建造物

曹洞宗の古刹、宝鏡寺の三門である。八脚門の二層造、平面は三間一戸の形式をとり、高さ14メートル、正面の桁行9.2メートル、側面の梁間5.6メートルの素木造で、屋根は入母屋造茅葺、宝暦年間(1751から1764)の建築である。軒は軒支輪を備えた二軒繁垂木で、三手先斗栱によって支えられ、上層には床を張り廻縁や勾欄をつけた重厚な構造で地方的な素朴さながらも江戸時代中期の社寺建築の特徴が見られる。宏壮な構築、大伽藍の三門たる風格をもち、規模においては県内随一の大楼門で、東北では弘前の長勝寺三門に匹敵する。

角星店舗(文化財一覧 No.23)

  • 読み方 カクボシテンポ
  • 登録日 平成15年1月31日
  • 所在地 魚町二丁目 (外部サイトにリンクします)
  • 管理者 個人kakuboshi.jpg

波静かな良港、気仙沼の内湾は、藩政時代から出帆に適した北西風(ナライ)を集める風待ち港として大いに賑わった。大正4(1915)年と昭和4(1929)年の2度にわたる大火に遭いながらも復興を遂げ、当時、大工が競って作りあげた見事な建築物が内湾やその周辺に建ち並び、昭和初期の面影を残す。

角星店舗は、昭和5(1930)年頃の建築で、木造2階建て、切妻桟瓦葺きの土蔵造。不等辺四角形の敷地にあわせて建つ。柱や出梁、菱形小口の垂木など、巧みで繊細な大工技術を随所に用い、造り酒屋の趣を引き立てる。旧酒造工場は、店舗裏に隣接して建ち、木造平屋建、切妻屋根で棟全体にわたり酒造りの蒸気抜きの越屋根を設ける。

東日本大震災で1階が流出したが、復原工事が終わり風待ち地区の文化財復原第一弾として、平成28(2016)年11月1日より営業が再開された。

武山米店店舗及び主屋(文化財一覧 No.24)

  • 読み方 タケヤマコメテンテンポオヨビシュオク武山米店店舗
  • 登録日 平成29年2月14日
  • 所在地 魚町一丁目 (外部サイトにリンクします)
  • 管理者 個人


 

切妻造銅板葺き2階建ての店舗と主屋で、間口に比べて奥が細くなる竹の子状の不整形な敷地にあわせて建つ。正面のセガイ梁、垂木は斜めに放射状にかかり、銅板壁や内部も意匠に優れ、商家の佇まいを今に残す好例である。
東日本大震災で損害を受けたが、風待ち地区の文化財復原工事により、平成30(2018)年4月に営業を再開した。道路拡幅にともない主屋を以前の位置からズラしたことによって、主屋の後ろに隠れていた蔵が見えるようになった。また、以前主屋があった部分には新たなスペースが設けられ、イベント等で活用されている。

男山本店店舗(文化財一覧 No.25)

  • 読み方 オトコヤマホンテンテンポ
  • 指定日 平成31年2月15日
  • 所在地 魚町二丁目
  • 管理者 個人otokoyamahonten.jpg
昭和6(1931)年頃の建築で木筋コンクリート造3階建ての酒造店舗。気仙沼内湾に臨んで建ち、洗い出し仕上げの外壁で、3階建頂部の左官仕上げの装飾、各階の柱型や欄干には蛇腹をまわしたパラペットがつき、建物に重厚さを与える。昭和初期の重層コンクリート建築として貴重である。
東日本大震災で1,2階が倒壊し、3階部分が残された。その後は曳家や解体保存を行いながら再建を待ち、令和2(2020)年7月に復原工事が完了した。

木造釈迦如来坐像(文化財一覧 No.26)

  • 読み方 シャカニョライザゾウ浄勝寺木造釈迦如来坐像
  • 指定日 昭和44年10月1日
  • 所在地 本吉町津谷桜子 (外部サイトにリンクします)
  • 管理者 浄勝寺
  • 分類 彫刻

本吉の浄勝寺本尊。高さ43センチメートルで室町期の作とされる。釈迦如来は、仏教の開祖釈迦を仏として敬う呼び方。「当寺本尊釈迦如来尊像、安阿弥之御作厨司共ニ従松島法輪庵観音講中寄金一歩弐拾五切ニ面相調当山ニ令安置者也」構中前住当山陽山機関和尚外12名の名が記されている。徳川初期の補修のあとがあるが、螺髪が大きく後頭部がでて高雅な安阿弥の作風がうかがえる作である。

木造釈迦牟尼仏坐像(文化財一覧 No.27)

  • 読み方 シャカムニブツザゾウ峰仙寺釈迦牟尼仏坐像
  • 指定日 昭和44年10月1日
  • 所在地 本吉町津谷舘岡 (外部サイトにリンクします)
  • 管理者 峰仙寺
  • 分類 彫刻

本吉町峰仙寺本尊。高さ57センチメートル。安永風土記御用書出には「本尊壱躰釈迦牟尼仏、木佛立像、御長弐尺」とある。顔部の補修のあとが著しく、当初の面影が失われている。寺伝では鎌倉仏と言われているが、室町期から江戸初期の作と考えられる。

木造不動明王坐像(文化財一覧 No.28)

  • 読み方 モクゾウフドウミョウオウザゾウ光明寺木造不動明王坐像
  • 指定日 平成2年4月20日
  • 所在地 浦の浜 (外部サイトにリンクします)
  • 管理者 光明寺
  • 分類 彫刻

大島にある真言宗光明寺の本尊である。不動明王は五大明王の一つで、大日如来の使者として登場し、やがて大日如来の教えを受けて、民衆を仏教に導き救済するため忿怒の姿を現したもの。息災などを祈る像として多くの信仰を集めた。この像は、寄木造、高さ77センチメートル、江戸時代前期の作とされるが、室町時代後期の要素もありその中間の可能性もある。
燃えさかる火焔の中で荒々しい岩座の上に座り、両眼を見開き、左の下牙で上唇を、右の上牙で下唇を噛み、弁髪を垂れ、右手に剣、左手に羂索を持つ。条帛や裳の彫出し表現や量感のある像で特色ある作風である。

木造地蔵菩薩立像(文化財一覧 No.29)

  • 読み方 モクゾウジゾウボサツリュウゾウ光明寺木造地蔵菩薩立像
  • 指定日 平成2年4月20日
  • 所在地 浦の浜 (外部サイトにリンクします)
  • 管理者 光明寺
  • 分類 彫刻

大島の光明寺本堂にある。地蔵菩薩は、釈迦入滅後、弥勒菩薩が出現するまでの間、衆生を救済する菩薩の姿を現したもので、いわゆる末法思想が盛んになるにつれて広く信仰され、近世以降民間信仰と結びつき親しまれた。この像は、寄木造、高さ91センチメートル。右手に錫杖、左手に宝珠を持ち、全体的に端正な彫刻法で、衣文は質感豊かな表現され、華麗な彩色で細部にわたり繊細な像である。均整のとれた造形と細密な描写などから、江戸時代中期から後期にかけての作と考えられ、仙台大年寺の羅漢像(元禄から享保年間)の作例に近い秀作である。

木造地蔵菩薩立像(文化財一覧 No.30)

  • 読み方 モクゾウジゾウボサツリュウゾウ唐桑地福寺木造地蔵菩薩立像
  • 指定日 平成15年5月1日
  • 所在地 唐桑町馬場 (外部サイトにリンクします)
  • 管理者 地福寺
  • 分類 彫刻

唐桑の地福寺本尊で延命地蔵菩薩ともいう。ヒノキ材寄木造、高さ167センチメートル。左肘を曲げ胸前で宝珠を持ち、右手をさげて錫杖をとる像である。胸部内側に参詣銘と思われる長禄4(1460)年と享保7(1722)年の修理銘が墨書で記されており、鎌倉時代後期の作と考えられる。均整のとれた姿で、理知的な表情や髪際の彫り出しなどやや写実的で、ひだをきれいにあしらった宋風の法衣の表現など、鎌倉彫刻の技法を伝える。三陸沿岸における中世の銘が確認できる仏像として貴重である。

木造地蔵菩薩坐像(文化財一覧 No.31)

  • 読み方 ジゾウボサツザゾウmokuzoujizoubozatsuchifuji.jpg
  • 指定日 平成22年4月27日
  • 所在地 波路上牧 (外部サイトにリンクします)
  • 管理者 地福寺
  • 分類 彫刻

臨済宗妙心寺派愛宕山地福寺の本尊。「延命地蔵菩薩」として伝える。頭部の手足、胴部などを別々に彫り、内面を刳り組み合わせた寄木造りの坐像である。剃髪し頭を丸め、衲衣という袈裟を着る。両腕を正面体側に曲げ、手は、左手先を上に定印を結び、前方を向いて、右足を上に結跏趺坐する像容に特徴がある。その端正な顔立ちと、柔らかく、ふくよかな地蔵菩薩の姿を表現した彫り方など、全体として美しく、江戸時代前期の作風をよく示している。像高は46.8センチメートルで、台座から光背までの総高は128.0センチメートル、像本体や光背、台座の一部に製作当初の状態を残しているなど、近世の仏教彫刻として意義は高く、当地域における地蔵信仰の変遷や文化史を知るうえで、貴重な史料である。

観音寺金銅装笈(文化財一覧 No.32)

  • 読み方 カンノンジコンドウソウオイ観音寺金銅装笈
  • 指定日 平成21年4月28日
  • 所在地 本町一丁目 (外部サイトにリンクします)
  • 管理者 観音寺
  • 分類 工芸品

「観音寺金銅装笈」は、市内の観音寺に伝わる笈(おい)である。笈とは、旅の僧侶や修験者などが書籍、経巻、仏具などを入れて背負って歩く運搬用道具で、笈の正面から見ると、横木を五段に組み、五つの部分に分かれており、金メッキした銅板(金銅板)が貼られ、その表面には十三仏や五重塔、仏教の教えを表した輪宝など細密な文様が施されている。高さは79センチメートル、横幅59センチメートル、奥行30センチメートル、重さ8.3キログラムで、形や文様などから、室町時代後期から安土桃山時代の間に製作されたものと考えられ、観音寺には源義経が奉納したという伝承が残されている。当時の優れた金工技術の高さを窺わせ、仏教美術の歴史においても貴重な資料である。

板戸の鶴の図(文化財一覧 No.33)

  • 読み方 イタドノツルノズ板戸の鶴の図
  • 指定日 昭和46年3月1日
  • 所在地 川原崎 (外部サイトにリンクします)
  • 管理者 宝鏡寺
  • 分類 絵画

仙台四大画家の一人、東東洋(1755から1839)の作品である。宝鏡寺本堂書院床脇の黒漆塗框の引違桐戸(幅136.36センチメートル、高さ139.39センチメートル)2枚に金粉をまき、丹頂鶴2羽を描いた作品である。東洋は、狩野梅笑師信、丸山応挙、池大雅らに画法を学び、四条派の呉春に師事し、後に朝廷から「法眼」の位を賜り活躍した。その後仙台藩御用絵師となり、仙台城二の丸や養賢堂の障壁画の制作を手掛けた。特に動植物画は四条派の東洋が最も得意とした題材で、この図は、晩年の円熟した境地の作で、装飾風の略筆をいかした穏やかで上品な描写など東洋の特徴をよく示している。

意馬心猿の図(文化財一覧 No.34)

意馬心猿の図

  • 読み方 イバシンエンノズ
  • 指定日 昭和54年1月23日
  • 所在地 本町一丁目 (外部サイトにリンクします)
  • 管理者 観音寺
  • 分類 絵画

「狩野風の画技の能手」と称された仙台藩御用絵師、佐久間六所(1792から1863)が描いた衝立画の大作(縦200センチメートル、横200.3センチメートル)で、観音寺本堂にある。「意馬心猿」とは、馬が激しく奔走し、猿は騒ぎたて制しがたいという様子から抑えきれない人心の乱れを深く戒めた仏教の教えを画題としたものである。安政2(1855)年、仙台藩第十三代藩主伊達慶邦公が来山の際、寺宝として寄進したものと伝えられている。

このページに関する問い合わせ先

教育委員会 生涯学習課 文化振興係
電話番号:0226-22-3442
内線番号:123,124

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