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令和2年気仙沼市東日本大震災追悼 市長追悼の辞

更新日:2020年3月11日

 東日本大震災の発生から、早くも9年の歳月が過ぎ去りました。

 この間、大きく変わったもの、少しも変わらないもの、絡み合って時が流れてきましたが、今日は変わらないものを大切にし、静かに手を合わせたいと思います。

 本来であれば追悼式典を挙行し、犠牲になられた方々に対し、ご遺族並びに出来るだけ多くの市民とともに哀悼の誠を捧げる予定でしたが、新型コロナウィルスへの脅威から、それも叶わぬこととなりました。大震災を経験した私たちにとって新たな心配や懸念を回避することも使命であります。本年は津波発生時間に皆で黙とうを捧げ、献花を行うことで、気持ちを表し、無念の中で命を絶たれた御霊をお慰めさせていただきます。

 1246名の津波犠牲者のご遺族のお気持ちは、この9年変わることなく、故人への追慕の念に包まれてきたことと存じます。また、行方不明者は内214名と、この一年間新たな発見者はなく、時が流れ困難さが一層増すとしても諦められないお気持ちは察するに余りあります。私たちに出来ることは少しでもご遺族の想いに寄り添い一緒に前に進むことだと存じます。

 政府が決めた復興期間はあと一年で一つの区切りを迎えます。これまで、市民の絶大な協力のもとに復旧・復興事業を行ってきましたが、思うように進まぬことも多くありました。被災され重荷を背負いながら生きてこられた方々にとって更なる障壁となってしまったこともあったと思います。それでも、この気仙沼にとどまり、まちの再興の担い手として、また、一人一人の復興を真摯に目指す不屈の人として歩んでこられた市民の皆様に改めて敬意を表し、心から感謝を申し上げたいと存じます。

 お陰様でこの一年、大島架橋の開通、相次ぐ三陸沿岸道路の延伸、新魚市場の稼働、新造船所や燃油施設の誕生、内湾各施設のオープンなど、まちは力強く変貌を遂げてきました。残る施設の新築や道路・橋梁・海岸保全施設の整備に全力を尽くし、一日も早い復興事業の完遂を目指さなければなりません。併せて、誰もが9歳年を重ねた被災者の見守りも益々大切になってきます。政府においては復興庁を10年延長し、津波被災地において少なくとも5年の間は支援を継続するとの方針を立てていただいており、本市においても被災者の生活がより質の高い安心・安全のもと営まれるよう、寄り添ってまいりたいと思います。

 この新たにいただいた5年間と本年も入れた6年間では、復興から一層「創生の道」を歩まねばなりません。人口減少への対応にも通じる産業の進化を目指すとともに、復興の過程で醸成してきた市民のまちづくりへの参画の機運を更に広く深く発展させ、大震災の犠牲者の方々にも胸を張って報告できるような気仙沼づくりを市民総出で進めて参りたいと思います。

 これまでの9年間、数えきれないほど多くのご支援を全国・全世界の皆様からいただいてきました。改めて衷心より御礼を申し上げます。また、皆様が私たちに寄り添い、何度もお出でいただき築かれた縁は市民一人一人のみならず、気仙沼にとっての大きな財産になっております。なにとぞ、末永く本市のかけがえのない友人としてお付き合いいただければと存じます。

 結びに、私たちをこの9年間、天空から見守り続けていただいた犠牲者の皆様に、本年秋には陣山に復興祈念公園が完成し、多くの方々がそこからも祈りを捧げ、皆様と繋がり続けられるようになることを報告申し上げ、御霊がとこしえに安らかならんことを改めて念じ、9周年にあたっての追悼の言葉といたします。

 

令和2年3月11日 気仙沼市長 菅原 茂

 

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秘書広報課 広報広聴係
電話番号:0226-52-0693

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